はじめに
前回の記事で、はてなブログの記録をまるごと引っ越しした話を書きました。
1,481件の記事のうち、下書きは1,196件。あのブログは、私にとって「壺」のような場所でした。外には出せない気持ちを、とにかく吐き出して、ため込んでおく壺です。
今回は、その壺の中に何を吐き出してきて、何年も続いた泥沼からどうやって抜け出したのかを書きます。あるトラブルや子育ての悩みなど、詳しい事情は書けません。それでも、書くこと自体が私を救ったという事実は、残しておきたいと思いました。
壺の中身
吐き出していたのは、だいたいこんなものです。
- 抑鬱な気分そのもの。朝からどんよりして、何も手につかない日のこと
- 終わったことをいつまでもくよくよ考えてしまう、自分への苛立ち
- 子どもの頃から引きずってきた、親への複雑な感情
- 母親としての自信のなさ。子どもたちに申し訳ないという思い
- 誰にも言えない、日々の引っかかりや、やり場のない気持ち
私は、自分でも「抑鬱気味な専業主婦」だと書いていました。病院にかかったことはありません。ただ、人より落ち込みやすく、対人関係でつまずくと、長く引きずるタイプです。
反抗期らしい反抗期もなかった代わりに、私には「長い長いモラトリアム期間」があったと、自分では思っています。その期間の受け皿が、この壺でした。
書くことは、出口の半分だった
不思議なもので、書き出すだけで、少し楽になりました。
2016年の日記に、私はこう書いていました。鬱積した感情を、書き込むことで発散している、と。
それと、庭です。土や植物を触って無心でいる時間に、「以前はくよくよ、鬱々となっていたことも、さほど気にならなくなってきた」とも書いていました。
書くことと庭いじり。この2つで、泥沼の深さは少しずつ浅くなっていったと思います。2017年から2018年にかけての日記には、「以前のように鬱々することもなくなった」「くよくよすることが減った」という記録が、自分でも驚くくらい増えていきます。
でも、正直に書くと、それでも完全には抜けきれていませんでした。
大きな危機と、火事場の力
数年前のことです。大きなトラブルに巻き込まれました。詳しいことは書けませんが、私は激痩せと不眠で、とことん追い詰められました。我ながら、あれは人生でも指折りの危機でした。
逃げる場所も、代わりに戦ってくれる人もいませんでした。だから、火事場のくそ力というのか、自分で何とかするしかなかったんです。
結果として、そのトラブルは解決まで持っていくことができました。
抜けてみて、気づいたこと
その経験を振り返って、2024年の日記に私はこう書きました。
「大きな危機とその乗り越えた経験が、結果的に成育期の問題をひきずる鬱からの解放につながったのかもしれない」
子どもの頃からずっと引きずってきたものが、あの危機を自分の力で乗り越えたことで、すっと軽くなった。そんな感覚でした。
今では、家族のことで何かあっても、以前の私なら自暴自棄になっていたかもしれない場面で、どっしり構えられるようになってきたと思います。
泥沼から抜けたのは、誰かに引っ張り上げてもらったからではなくて、最後の一歩は自分の足で踏み出したからだった。私はそう思っています。
まとめ
はてなの壺には、10年近い私の「しんどかった頃」が、まるごと詰まっていました。
吐き出す場所があったこと。書いて、しまって、また書いたこと。そして最後は、大きな危機を自分の力で抜けたこと。
あの壺の引っ越しが終わって、今は気持ちよくブログを書けています。この記事が書けるようになったこと自体が、私にとっては「抜けた証拠」なのかもしれません。


