結婚して26年。移住して11年。
ようやく自分の居場所ができた。
私にとっての居場所作りとは、心穏やかに暮らせるよう、人や組織とつかず離れずの一定の距離感を保つことだ。元々人付き合いが苦手なため、何も努力をしないと引きこもりになりがちではある。それが一番楽ではあるけれど、身内や地域でキーパーソンとなる人と接点を持たないでいると、逆にスケープゴートになることもあり、穏やかに暮らせなくなってしまう。
新しい世界に足を踏み入れ直すということは、嫁入りに似ていると常々思う。それまで染みついた価値観や行動を見直して、環境に合わせて自分の動きを調整していかなければならない。いくら良い人たちが集まる世界だとしても、その場所のルールを守れないと爪弾きに遭う。元々協調性に欠けて単独行動を好むため、私は優先順位の高い組織にしか足を入れないようにしてきた。自分にとっての優先順位は、「義理家族 → 地域 → 実家族」の順だった。
娘の中国留学と、私の中の偏見
ところが最近、もうひとつ新しい世界を知る必要に迫られている。それは「中国」だ。
きっかけは、高一の末っ子がネットの影響で中国を好きになり、留学まで目指すようになったこと。今回は夏休みを利用し、現地大学のサマースクールに参加した。1ヶ月半の留学も、残り2週間を切っている。多くの方に支えられて無事に素晴らしい留学生活を送ることができ、将来につなげられる貴重な体験になったと確信している。娘は将来、日中の橋渡しをするような仕事をしたいという夢を持っている。
しかし当初、私は中国への留学に反対していた。ネットやSNSで見る悪い噂しか知らなかったからだ。「リスクの高い国に、わざわざ行く必要ないんじゃない?」という気持ちだった。身近に中国人の知り合いはおらず、元々人付き合いを積極的にしないため世界が狭く、中国人との接点もこれまで一切なかった。
嫌々ながら娘の留学準備を進める中で、「中国人の知り合いが一人もいないのはまずいのでは」と感じるようになった。そこで地域の高齢ボランティア仲間を訪ね、中国人の知り合いがいないか聞いて回ったりもした。さらに「市の国際交流課に相談してみたら」とアドバイスを受け、娘と一緒に足を運んだ。市の職員さんの紹介なら間違いないだろうし、信頼できる人の紹介なら変な人に行き当たらないだろう、と考えたからだ。
その時の私の中には、まだ中国人に対する偏見があったのだと思う。知らないからこそ、過剰に不安になっていたのだ。
私にとっては未開の地である中国へ娘を送り出すことが不安でたまらず、できる限りの対策を講じ、費用をかけて送り出した。(また後日にでも、留学準備についての記事を投稿したいと思う。)
現地へ移動する際、台風の影響で飛行機が遅延するトラブルはあったものの、無事に到着。現地の世話人の方が本当に親身になってくださったおかげで、一番の難関だったAlipay(アリペイ)決済も開通し、娘は不自由なく現地の生活を楽しめているようだ。
親として、自分にできる準備を始める
娘が留学している間、我が家は夫婦2人だけの生活になった。私にも自分の時間ができたため、この機会に中国語を学ぶことにした。市の国際交流課からは以前、中国人留学生を受け入れるホストファミリーの企画(2〜3日間のホームステイ)があると聞いており、「それなら私でもできるかもしれない」と考えたのだ。
実は昨年、娘がこの企画のホストファミリーになりたがったのだが、私が嫌がって代わりに台湾旅行に行くことで納得してもらった経緯がある。中国人が嫌だったわけではなく、家に人を招くこと自体が億劫で、旅行に一緒に行く方が楽だと思ったからだ。しかし今回の留学で娘の中国語力も上がり、来年はますますホストファミリーになりたがるだろう。そう思ったことも、私が中国語を学び始めた理由のひとつだ。
また、今回の準備を通して「中国人のツテ」を持っておく大切さを痛感したため、知り合いを作る目的で最近、近所の中華食材店を訪れた。そこで「中国語を教えてくれる人はいないか」と尋ねてみた。単に語学を教わること以上に、現地に繋がる知り合いが欲しいという思いが大きかったからだ。
私自身がこれから中国に行く機会はないかもしれない。けれど、人口も桁違いな国へ娘が単身で飛び込み、何か困ったことが起きた時に頼れる人を知っておきたかった。もちろん、誰を頼ればいいかも分からないし、娘の滞在先と地元で知り合った中国人の出身地が違えば「まるで別の国」というほどの違いはあるかもしれないのだが。
国籍ではなく、人と人との付き合い
ちなみに、日中交流団体のような組織は公民館に似た雰囲気があり、そうした場所特有の人間関係や利権のようなものも存在するのだろう。娘がそうした団体にコンタクトを取るように、親も相談窓口として捉えれば良いのだろうが、今のところ私自身がそこへ積極的に参加する必要性までは感じていない。娘が活動する中で万が一危険な目に遭った時、相談先として頼るくらいで十分だと思っている。
娘の留学を通して間接的に中国を知り、感じたのは「親(政府)同士の方針に、国民が振り回されている」ということだ。国籍は関係なく、最終的には人と人との付き合いになる。日本人にも良い人と悪い人がいるのと同じで、「〇〇人だから」とレッテルを貼るのは良くない。
嫁入りと同じで、新参者は警戒され、背景や育ちを理由に批判されることがある。娘が中国という世界に足を踏み入れれば、向こうでは「新参者」として扱われるだろう。逆に、日本へ移住してきた中国人の方々が批判されやすいのも同じ構造なのだと思う。
しかし、新参者も時が経ち古株になっていけば、やがて「住めば都」になる。
娘は日中交流をライフワークにしたがっているため、中年になる頃には、向こうの生活にすっかり馴染んでいる可能性だってある。末っ子ということもあり「娘がやりたいようにやればいい」という気持ちもあるが、政治的な問題もあり、安全で安定した道が用意されているわけではない。
できるだけ茨の道を歩まなくて済むように、親として何かお膳立てできることはないか――そんな思いを胸に、私は今日も中国語を学んでいる。


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