子育てが一段落し、ふとできた自分の時間。更年期の体調の波と付き合いながらも、何か日常に心地よい「はりあい」を求めたい——そんなときに出会ったのが、中国語の勉強とInstagramでの「勉強アカウント(勉強垢)」の発信でした。
結婚して家庭に入り、25年以上。リアルな社会活動以上に、ネットの世界でブログを書いたりフリマアプリを楽しんだりしてきた私にとって、SNSを活用した学び直しはとても自然で、けれど想像以上に刺激的な体験でした。
「勉強アカウント」が孤独な自分との戦いを支えてくれる
大人になってからの勉強は、誰に強制されるものでもない「自分との戦い」です。一人で黙々とテキストに向かっていると、どうしても折れそうになる瞬間があります。
しかし、Instagramに勉強アカウントを作ると、アルゴリズムが全国で頑張っている学習者たちの姿をタイムラインに運んできてくれます。
・驚くようなハイスペックな学習者たち:英検1級にとどまらず多言語を自在に操る方や、独学から通訳レベルまで成長されたプロセスを発信している方
・多様な発信スタイルからの熱量:積み上がった大量のノートや、実際に喋っている動画、資格取得までの道のり
「世の中にはこんなに努力している人がいるんだ」という熱量に触れるだけで、孤独な勉強部屋に心地よい風が吹き込みます。そして何より、ゼロだった知識が身についていく過程を自分で振り返る「成長の可視化」は、自分自身を一番勇気づけてくれるお守りになります。
「没頭できる」のは、いまのリアルが平穏である証拠
2ヶ月で基礎単語を覚え、次の大きな壁(500単語)を前に立ち止まったり、家族の帰省で勉強を一時中断したり。進んだり休んだりを繰り返しながら感じるのは、「何かに没頭できる幸せ」です。
もし今、身内の誰かに手厚いサポートやケアが必要になれば、勉強どころではなくなってしまうでしょう。だからこそ、単語の多さに頭を悩ませたり、連休中に「勉強が進まないな」とモヤモヤできたりすること自体が、「今の生活に大きな問題がなく、平穏である証拠」なのだと気づかされます。
この集中できる時間は人生の中の「期間限定のギフト」。そう思うと、壁にぶつかる時間さえも愛おしく思えます。
ネット上の「自分の足跡」や「信用」を守ること
ネット活動が長い私にとって、あちこちに残してきたアカウントは、時間やお金を費やして積み上げてきた「自分の歴史」そのものです。
先日、使う予定がないメルカリアカウントの無期限停止解除の手続きをわざわざ行ったのも、そこに理由があります。評価という形で積み上げた信用や、リアルのスマホ決済(メルペイ)との繋がりなど、「いつか困るかもしれないリスク」を解消しておきたかったからです。
また、中国のWeChatのように信用情報が他人に悪影響を与える仕組みとは違っても、「親のアカウントトラブルや違反が、万が一にも子どもに影響したら困る」という親心もありました。
社会経験を積んだ方から見れば、かつての自分の振る舞いは未熟でヒヤヒヤするものだったかもしれない、とも思います。
「良い評価」をもらえていたとしても、それは相手が「本当は良くないけれど、大目に見よう」と優しさで付けてくれたものだったかもしれない。無意識のうちに誰かに気を使わせたり、小さな傷を残したりしていた可能性だってあります。
ネットの世界はすべてが見渡せるようでいて、あちこちにグレーゾーンが存在します。10年近く発信を続けている人だって、過去の自分が何を書き、どう振る舞ったかを完璧に覚えているわけではありません。
だからこそ、過去の自分を過信せず、「見えない誰かの優しさに支えられて今があること」を忘れずにいること。それが、長年ネットと付き合ってきた私がこれから大切にしたい姿勢です。
まとめ:自分らしいペースで、これからの時間を味わい尽くす
完璧に毎日勉強できなくてもいい。家族との時間を優先して休む日があってもいい。
25年以上かけて守ってきた家庭と、ネット上で積み上げてきた自分自身の足跡。その両方があるからこそ、いまこうして新しい学びに向き合えています。更年期の体調と優しく付き合いながら、スマホの向こう側に広がる世界で、自分のための「はりあい」を育てていきたいと思います。


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