今日は、ふと浮かんだ問いについて書いてみます。
「私の目標って、はてさて何だったんだろう?」
親の顔色をうかがって育った子ども時代
私が育った家庭では、夫婦喧嘩がとにかく激しいものでした。父と母、どちらに従えばいいのかわからないまま、あるときは父の味方、あるときは母の味方をして大きくなりました。
20代前半で結婚し、義実家に嫁ぎました。実父も義父も婿養子で、婿養子ならではの力関係から起こる夫婦喧嘩は、義実家でも目にしました。それでも、実家に比べればずっと穏やか。家庭のあたたかさに触れて、実家で消耗した心のエネルギーを、義実家のおかげで少しずつ回復できたように思います。
家長が絶対的な権威をもつわけではない、そんな家庭と関わりながら、気づけば人生の半世紀が過ぎていました。
思えば、常に親の顔色をうかがい、誰よりも親に気に入られようとすること。それが私の「生きる目標」だったのかもしれません。
親の目を気にしなくてよくなったら、今度は
あれだけ喧嘩するエネルギーにあふれていた親たちも、すっかり弱ってきました。もう親の目を気にしなくてもいい年ごろです。
ところが同時に、かつての私がそうだったように、今度は自分が子どもから批判的な目を向けられる世代になりました。
最近の長女は、遅れてやってきた反抗期なのか、施設で親の悪口を話したり、ネットで見つけた「毒親」コンテンツのリンクを送ってきたりします。私の目の黒いうちは、長女のサンドバッグ役を務める覚悟です。
長女の子育てには20年近く、本当に手がかかりました。グループホームに入居できて、ようやく肩の荷が半分おりた気持ちです。グループホームや就労支援施設は、家族の介護の負担を肩代わりしてくれる場所。長女の機嫌に振り回されない穏やかな時間を、やっと取り戻せました。
次女に言われた言葉
長女にかかりきりだった時期のことは、今でも思い出すことがあります。
留学中にホームシックになった次女から、「私はヤングケアラーだった」「私がこうなったのは家庭のせい」と言われたことがありました。
私はこう答えました。お母さんが育った家庭に比べたら、ずっといい環境だったはずだよ。お母さんの両親は、子どもの前でしょっちゅう喧嘩して、離婚するのしないのと言っていた。お母さんはそれを子どもの前でしたことはなかったでしょう? それに、うちほど裕福じゃなかったから、留学も私立も行けなかったし、習い事も十分にはできなかったよ、と。
そんなやりとりはそのときだけでしたが、あれだけ一生懸命に留学の準備をしてあげたのに、と、当時はショックでした。
ただ私自身も、長女のことで手いっぱいで、ほかの子どもたちの子育ては夫に任せていた部分があったのも事実です。
ブログは、心のエネルギーを回復する場所
ブログに書くことも、消耗した心を回復するのに役立ってきました。
私はもともと、人に話して気持ちを発散する習慣がなく、溜め込むタイプです。そうすると、自分が何にストレスを感じているのか、どんなストレス対処をすればいいのかが見えにくくなります。
ブログに書くことは、自分の心の状態を客観的に眺めて、ストレスを減らす対策を考えるのにとても役立ちます。
始めたばかりの頃は、何を書けばいいのかわからず、まとまりのない文章だったと思います。10年前に書いたブログは、今読み返す気になれません。「この人、何がしたいのかな?」と恥ずかしくなってしまうので。
でも、アプリを開けば(削除していなければ)昔の自分に会えます。そして、明らかに成長している自分に気づけます。その代わり、歳をとりました。「こんなに成長できました!」とSNSで発信して喜ぶ世代では、もうなくなっています。
取り戻した時間で、はじめたこと
ようやく取り戻した自分の時間を、昨年はnoteでのブログ再開にあてました。その前には、公民館での社会活動に意気込んで取り組んだ時期もありましたが、ストレスになりはじめたので、役割を減らした経緯があります。
noteでAIアプリのことを知り、あれこれ試した末に、WordPressを立ち上げるところまで来ました。
WordPressを始めてからは、ブロガーの登竜門とも言われるGoogleアドセンスに9回挑戦して、すべて却下。今回が10回目の挑戦ですが、たぶんまた却下されると思っています(笑)。
今になって思うのは、2017年2月9日にアドセンスに合格したはてなブログを続けておけばよかったな、ということ。でも振り返ると、あの頃は子育てが大変すぎて、ブログを続けられる状況ではありませんでした。ほかの子どもは手がかからなかった分、長女の子育てが本当に大変だったのです。
目標は、生活の「張り合い」
アドセンス合格も、HSK1級合格も、「絶対に叶えたい目標」というほどではありません。生活に張り合いをもたせたい、という目的に付随している部分が大きいと思います。
そして、何かに没頭している間は、ほかのことがおろそかになるもの。毎年恒例の秋の大掃除も、そろそろやらないとなあ、という気持ちになってきました。
親の顔色をうかがうことが目標だった私が、今は自分の「楽しみ」を目標にできている。そう思うと、これはこれで悪くない変化かもしれません。


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