「私は、協調性があまりない人間だ」
そう自覚しながら生きてきました。大勢の前で指揮を執るのも、親睦会の企画も、正直に言って一番苦手な仕事です。親戚の集まりでさえ、人数が増えるほどに気疲れしてしまい、できることなら避けて通りたい。そんな「人付き合いへの苦手意識」を抱え、出不精で引きこもりがちな生活を、私はずいぶんと長く続けてきました。
けれど、そんな私がいま、「運転ボランティア」としてハンドルを握り、地域の方々の送迎をしています。
なぜ、人付き合いが苦手な私がボランティアを続けているのか。そこには、単なる「善意」だけではない、私自身の心を健やかに保つための切実な理由がありました。
「役割」という名の、心地よい防波堤
対人ストレスを逃がす「役割」の仕組み
【友達・ママ友関係】
- 素の自分(魅力)が問われる
- お返しの連鎖や世間体
- 境界線が曖昧で疲れやすい
【ボランティア関係】
- 「役割」を果たすだけでいい
- 「ありがとう」で完結する
- 程よい距離感(防波堤)がある
世の中には、飲み会の幹事を鮮やかにこなし、「あの人がいるなら参加しよう」と思われるような人望の厚いタイプがいます。私はその対極にいる人間です。
「楽しいから会う」「気が合うから一緒にいる」という友達関係は、私にとってハードルが高いものです。自分の魅力や会話力が試されているようで、どこか緊張してしまうからです。
けれど、ボランティアは違います。
そこには最初から「役割」という名の、明確な境界線が引かれています。
「運転手」として対象者を目的地まで送り届ける。「清掃員」として目の前のゴミを拾う。難しいことを考えず、ただその役割を全うすればいい。この「役割」があるおかげで、私は過度な自己アピールや気遣いをすることなく、社会との接点を維持できています。ボランティアという役目が、私の心を対人ストレスから守る「防波堤」になってくれているのです。
ママ友付き合いでは得られなかった「ドライで温かい関係」
かつて、20代の頃に経験したママ友付き合いでは、些細な言動に一喜一憂し、疲弊してしまいました。贈り物を受け取れば「お返しはどうしよう」と悩み、世間体や属性の近い者同士特有の「比較」に苦しんだこともあります。
しかし、ボランティアで出会う70〜80代の方々との時間は、驚くほど気楽です。
• 属性が違うからこその気楽さ: 世代が違うため、同じ土俵で競い合う必要がありません。
• お返しがいらない関係: 「無償奉仕」という前提があるため、お礼は「ありがとう」という言葉だけで完結します。
• 「鈍感力」という救い: 人生の大先輩たちは、些細なことを気にしない、良い意味での「鈍感力」を持っています。
かつては「人間関係から逃げてしまう自分」を責めていましたが、今は違います。自分に合った「後腐れのない、ドライで温かい関係」を選べるようになっただけなのだと、自分を許せるようになりました。
私がボランティアを続ける3つの循環
娘が受けている福祉への「感謝」を地域に還元する
娘が将来、温かく見守られるための「地域の縁」を耕す
社会との接点を持ち「人間アレルギー」を予防する
社会への「お返し」と、未来の「土壌作り」
ボランティアを続ける理由は、私自身のコンプレックス解消だけではありません。
一番大きな理由は、知的障害を持つ長女が、今まさに多くの福祉や社会資源に助けられているからです。
「娘が助けてもらっている分、私もどこかでお返しをしなければ申し訳が立たない」
そんな、ある種の義務感や体面が始まりだったことは否定しません。けれど活動を続けるうちに、この活動は「娘のための土壌作り」でもあると感じるようになりました。
私が地域に顔を出し、信頼関係を築いていくこと。それは、いつか私がいなくなった後も、娘がこの地域で温かい目で見てもらえるための、ささやかな種まきのような気がしています。
結び:孤独ではない、けれど一人でいられる場所
もしこのボランティアという接点すらなければ、私はきっと「人間アレルギー」になって、ますます外の世界を怖がっていたでしょう。
定期的におこる頭痛を抱えながら、50kmの道のりを運転するのは楽なことではありません。それでも、車内で交わす他愛のないお喋りが、今の私にとっては大切な「息抜き」になっています。
人付き合いは苦手だけれど、完全に孤独でいたいわけでもない。
ボランティアは、そんな私と社会を繋ぎ止めてくれる、一番気楽で、一番ありがたい「心の置き場所」なのです。


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