25年間の専業主婦生活と、心境の変化
子育てが大変だったこともあり、専業主婦生活を約25年間続けてきました。もともと対人関係に自信がある方ではなく、いわゆる「コミュ障」であるという自覚がハンディになり、なかなか「仕事(外で稼ぐこと)」へと一歩踏み出す勇気を持てずにいたのです。
それならば、派手に散財せず身の丈に合った消費を心がけようと、自分なりに倹約生活を積み重ねてきたつもりでした。
しかし、子供たちが巣立ち、平日の昼間に一人で過ごす時間が長くなった頃、自分の中の「大義名分」が少しずつ揺らぎ始めました。
家族からの問いかけと「何もしない母親」へのプレッシャー
長女と次男が家を出たとき、長男からこんな言葉をかけられました。
「お母さん、これからどうするん? 暇になるんやないん」
私自身、自分を卑下しすぎている面もあるかもしれません。しかし、長男からは「仕事はしないの?(お金を稼がないのはよくないのでは?)」という無言のプレッシャーを感じることがあります。
子供がまだ小さく、養育や世話が必要な時期は、それが「仕事をしない理由」になりました。ところが、子供が手を離れると、何もしない母親像が際立ってくるような、そんな焦燥感に駆られ始めたのです。
ネットの「専業主婦論争」と、社会の厳しい視線
X(旧Twitter)では、周期的に「#専業主婦」の話題がトレンドに上がります。そこでは専業主婦に対する厳しい声や、それへの反論が渦巻いています。
今の時代、インターネットのコミュニティにおいて、私のような立場は時に厳しい目で見られることもあります。25年間無職生活を続けてきた人間が、今から社会生活に適応するには、かなりの努力が必要です。
「これだから専業主婦は……」
そんな世間の目を感じる場面に遭遇することもあり、自分の生き方をどう証明すればいいのか、悩む日もありました。
社会復帰へのリハビリとして始めた「ボランティア」
そんな私が、「お母さんも社会の一部として動いているんだ」ということを子供に示し、自分自身の社会復帰に向けたリハビリとして始めたのが「ボランティア活動」でした。
一昨年前から役員を、そして昨年からは「運転ボランティア」として活動しています。実際に始めてみると、この選択は私に合っていました。
• 程よいストレスと刺激: 外の世界に出ることで社会の風に当たれる。
• 自己肯定感の向上: 人のために奉仕し、感謝されることで「自分の居場所」を感じられる。
• 無理のないステップアップ: 無報酬ではありますが、今の私には丁度いい社会との接点になっています。
ボランティアで得られた3つの変化
ただ、子供たちが働き始めると「お金を稼いでいないこと」への引け目は、また別の形で現れるのかもしれないという不安も、心の片隅には残っています。
専業主婦の立場の弱さと、現実味を帯びる介護問題
長年、家族の中で「自分の立場が悪くならないための根回し」はしてきたつもりです。義実家を大切にし、夫の仕事に支障がないよう家庭を守り、夫婦仲を保つ努力をしてきました。
しかし、こうした努力は目に見える形では残りません。やはり社会的に評価されるのは「稼いでなんぼ」という現実があることも痛感しています。
最近では、親の介護や看取りの問題も現実味を帯びてきました。
「夫婦共に稼いでいる場合」と「どちらかが専業主婦の場合」では、介護の負担や選択肢、老いた親の資産をどう扱うかなど、問題の複雑さが変わってきます。
姉はキャリアウーマンとして長年社会で活躍しているため、冠婚葬祭や親の見送り方に対する考え方も、専業主婦の私とは正反対です。社会的な繋がりを重視し、世間の目を気にする姉の姿を見て、改めて「働くこと」で得られる責任と視点の違いを感じずにはいられません。
おわりに:自分の歩幅で「社会」と向き合う
「兎角(とかく)に人の世は住みにくい」と感じることも多々あります。
今はボランティアとして、独居老人の方のお世話をさせていただく中で、自分の親や義親の未来を重ねています。複雑な事情で父とは密に連絡が取れていない現状もありますが、いつか来るその時に向けて、今の活動は大切な学びになっています。
お金を稼ぐことだけがすべてではないと思いつつも、社会の目は気になります。それでも、まずはボランティアという形で一歩踏み出した自分を認めながら、少しずつ「これからの自分の在り方」を見つけていきたいと思います。

