【回想】農地を守る「忍耐」は真似できない。私が辿り着いた、100点を目指さない継承の形

ライフスタイル

昨年、エアコンを稼働させはじめたのは5月頃だっただろうか。夜間のエアコンの温度調整がうまくいかずに、冷房病のようになり、日中の蒸し暑さで気怠い日が連日続いていた。そんな中、前年と同じく、舅に農作業手伝いを依頼された。ブドウに袋をかけるまでの作業で忙しいため、週1回1時間位でいいから、加勢にきてとのことである。

舅の几帳面さと、私の「割り切り」

私がブドウの栽培をするとしても、舅程は几帳面にお世話はしないとは思う。間引きや袋掛けはするかもしれないが、薬塗布やブドウの形を整えるための錘(おもり)がけはしないと思う。舅は力の加勢を望んでいるというよりかは、どうやって栽培しているかを、覚えてもらいたいという気持ちがあるようだ。

暑い中の作業、面倒だけど仕方ない。言われるから嫌々やるのではなく、農地を将来的に維持していくためには、必要なことなのだ。お金を払い管理を依頼する方法もあるけれど、馬鹿らしい。農地を売り払えばいいとも思わない。一度手放してしまうと、この広大な土地は二度と手に入らない。頼りになる夫は、定年退職しても働き続けるだろう。他にできそうな人は親戚にもいない。舅ができなくなれば、私が管理するしかない。

管理項目 義親のスタイル(几帳面) 私のスタイル(現状維持)
野菜・花 堆肥・剪定・時期に合わせた手入れ 基本的にはしない(水やり程度)
果樹(ブドウ等) 錘がけ・薬塗布・形を整える 袋掛け・野放しに近い状態での収穫
雑草対策 根気よく手で抜く 現在は手抜き、将来的には草刈機
周辺との関わり 水利・自治会・墓の管理 今はノータッチだが将来に不安あり

理想の継承ではなく「現状維持」を目指す

でも私が管理することになったら、雑草除去しかしないかもしれない。野菜栽培はまずしない。果物をよりよい状態で収穫するための手順は踏まずに、野放しのまま育つ果物のみを収穫するかもしれない。

姑が元気な頃は主に花栽培をしていたけど、姑は花を綺麗に咲かせるのがうまかった。私も花栽培は多少するけれど、水やりくらいしかやらない。姑みたいに堆肥や剪定等、時期に合わせた手入れはしない。舅は美味しい野菜や果物を育てるのが上手だった。畑にも縄張りがあり、育て方の違いで姑と舅は衝突していた。それを傍目からみていて、なんでたかが植物に対して、一所懸命になるのだろうと、不思議に感じていた。

私が農作業を続ける理由(思考の整理)

  • 一度手放すと二度と手に入らない: 広大な土地を失うことへの後悔。
  • 外注は馬鹿らしい: お金を払うくらいなら、自分の時間を投下する。
  • 頼れるのは自分だけ: 夫は仕事を続け、他に親戚もいない現状。
  • 結論: 完璧は目指さず、土地を荒らさない程度に守り続ける。

終わりのない雑草との戦いと、嫁としての距離感

義実家の農地は広すぎて、完璧に雑草の除去はできない。一部分の草取りをしている間に、以前すました場所の雑草がぐんぐん伸びていく。抜いても抜いても生えてくるから、夏場は雑草との戦いが永遠に続く。草刈機で除去したいけど、義親は抜いて欲しいようだ。

姑はこの夏を越せないのではないかと思っていたから、週一以上に農作業の手伝いをしに行った。家の中の手伝いをしようとすると、「やらなくていいよ。お母さん後でするから。」と言われる。私も姑と同じ状況になった時、同じように自分のテリトリーを触られたくないとは思う。私がやるのは、外周りの作業ばかりにはなる。

土地を守ることは、周辺との関わりを守ること

昨年の夏はブドウに袋がけする時まで、農作業のお手伝いをしに行った。今年も、声をかけられたらお手伝いをするつもりだけど、全くノータッチだと、舅ができなくなった時に困るのではという思いもある。

農地にしても墓にしても、簡単に管理しとけばいい訳ではなく、水利や自治会など周辺との関わりもセットでついてくる。義親ができなくなった時に、何も聞いてないと困る気もする。気にはしているところだけど、嫁ということで、しゃしゃり出る訳にもいかない。

むすびに

去年の夏、試行錯誤して辿り着いた義実家との付き合い方が、同世代で似た境遇にある誰かの目に留まればと思い綴りました。完璧な管理はできなくても、自分なりの距離感で土地を守っていく。そんな選択肢があってもいいのではないかと、今振り返りながら感じています。

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