今年も残すところあとわずか。
私にとっての今年の「大仕事」は、年賀状でも大掃除でもなく、キッチンの配管掃除でした。
実は半年以上、騙し騙し使ってきた排水の詰まり。
高圧洗浄を頼めば数万円。その出費を惜しんで、ワイヤーや薬品、スッポンを駆使して自力で戦ってきましたが、ついに限界を迎え、プロの手を借りることにしました。
そこで判明した、驚きの事実。
我が家の配管には、あるべきはずの「勾配」がなかったのです。
「自分のせい」ではなかったという安堵
「なぜ、普通に使っているだけなのに詰まるのか」
「私の手入れが、人よりズボラだからだろうか」
ずっと心のどこかで自分を責めていた疑問の答えは、物理的な構造にありました。
流れるべき場所が、流れない仕組みになっていた。
原因が分かった瞬間、詰まっていた汚れと一緒に、長年の胸のつかえがスッと消えていくのを感じました。
「原因がわかれば、対策ができる」
これからは数年に一度、プロに頼んでリセットすればいい。
それは決して「無駄な出費」ではなく、この家で心地よく暮らしていくための「必要なメンテナンス」なのだと、自分を許すことができました。
前倒しの大掃除がくれた、心の余裕
今年は、秋のうちに大掃除を済ませていました。
窓掃除にカーテン洗濯、そして一番大きな山だった二段ベッドの処分。
ToDoリストにチェックを入れていくたび、家の中に「余白」が生まれていくのが分かりました。
昨日、年賀状も注文して、今の家の中は、高圧洗浄後の配管のように風通しが良くなっています。
世の「できる主婦」なら、ここからお節料理の段取りに入るのかもしれません。
けれど、私は今年も、義実家の好意に甘える予定です。
変わりゆく「お正月」の風景
ただ、今年は少しだけ景色が違います。
いつも美味しい手料理を振る舞ってくれたお姑さんが、「今年は初めてお節を買ったの」と教えてくれました。
作る体力がなくなってきた、という寂しいけれど、切実な変化。
これまでは「お客さん」として座っていればよかったけれど、今年はそうもいきません。
かといって、料理が苦手な私が、お姑さんの代わりを完璧に務めることもできません。
「どこまでお手伝いすれば、お義母さんが一番楽になれるかな」
そんな風に、相手の今の体温に合わせた距離感を探ることが、今年の私の冬の宿題になりそうです。
完璧な「故郷」は作れなくても、詰まりを直し、不要なものを捨て、今ある縁を大切に扱う。
そんな等身大の年末を、穏やかに過ごしていきたいと思っています。

