その家の中心的役割を果たす女性、いわゆる「ビッグマザー」的な存在。
よく嫁姑の仲がうまくいかずに同居を解消するパターンがありますが、その多くは母親業のやり方での対立や、夫や孫がどちらの肩を持つかという「家族内紛争」が原因ではないでしょうか。
我が家の場合、私に元々「母性」が欠けていることが幸いしたのか、姑と母性愛で対立することはありませんでした。姑が孫たちにたっぷりと注いでくれる母性愛を、私はどこか客観的に、そして感謝を持って眺めてきました。
「スープの冷めない距離」での適度な関係
私たちは敷地内同居ではなく、いわゆる「スープの冷めない距離」に住んでいます。10年前に義実家のある県に引っ越してきて以来、月に1回程度だった交流は、姑の体調の変化とともに少しずつ増えていきました。
今年の春先は「この夏を越せないのではないか」と本気で心配した時期もありました。後悔したくないという焦りもあり、舅からの頼みもあって、春から初夏にかけてはブドウ畑の手伝いに精を出しました。
最近は畑の仕事も落ち着き、義実家へ行くのは外出から帰った長女の顔見せ程度。一方で、夫は毎晩のように義実家へ通っています。周囲が農地に囲まれた一軒家という環境を活かし、騒音を気にせず楽器の練習に打ち込むためです。姑にとっても、息子が毎晩顔を出してくれるのは心強いことでしょう。
姑が教えてくれた「家庭の味」と「温もり」
県外に進学した次男には、おばあちゃんが喜ぶからと電話を促しています。定期的に連絡を入れているようで、姑が嬉しそうに報告してくれます。次男はおばあちゃんに対して、私には決して見せないような笑顔を見せます。
私自身、表情豊かに喋ったり笑ったりするのが苦手な自覚があります。だからこそ、姑が「母性的な関わり」を補ってくれていることに、心から助けられているのです。美味しい手料理の味や、母親らしい温かな語りかけ。姑は、私に代わってそれらを孫たちに教えてくれました。
ビッグマザーが去ったあとの不安
しかし、そうして母親らしい役割を姑に委ねてきた分、彼女がいなくなった時のことを考えると不安になります。子供たちがいつでも帰ってこられる「ふるさと」を、自分ひとりで準備し続けられる自信がないのです。
今週、次男が帰省します。年末年始には長男や長女も帰ってきます。
数年前まで当たり前だった「家族6人」の生活も、一人減り、二人減り……。今の3人家族の静かな生活に慣れてしまうと、一家が勢揃いする時の準備に、つい頭を悩ませてしまいます。
今、一番の悩みは料理のこと。
自炊や友人との外食で、きっと舌も肥え、料理の腕も上げているであろう息子たちに、一体何を作ってあげればいいのか。姑が守ってきた「家庭の味」を思い浮かべながら、キッチンで頭を抱えています。

