長女が駄々をこねたり、八つ当たりや癇癪を起こしたりしたとき、かつての私は必要以上に精神を消耗させていました。
少しでも自分を守るために、心理的に距離を置いたり、同じ空間にいて物理的に離れられない場合は、心にバリアを張って感覚を麻痺させたり……。そうやって必死に対応してきた21年間でした。
「まだらな成長」と向き合う難しさ
障害の受容ができていなかった頃は、激しく叱ってしまう時期もありました。「なぜもっと早く、支援学級や支援学校という選択をしなかったのか」という後悔は、今も胸にあります。
福祉の受給者証のための知能検査(IQ)は、わずか1時間程度の検査で判断されます。長女の結果は小学校中学年程度の知能指数でした。しかし、実際に接していると、
• 「なぜ幼稚園児でもわかることが理解できないのか?」と戸惑う場面
• 健常者並みに鋭く人を観察していて驚かされる場面
この両極端な一面が共存しています。この「まだらに成長している能力」が、時に予期せぬ事態を引き起こします。
以前、車内で言い争いになった際、長女が自ら警察に通報したことがありました。「お母さんが危険な運転をしている」と。二人で交番へ行き、聞き取りを受けました。その時は、これで「知的障害児親子の記録」が警察に残るなら、ヘルプマークのような役割を果たしてくれるかもしれない、と自分を納得させたのを覚えています。
精神的な「脱皮」と境界線
私は元々、いわゆる「アダルトチルドレン」的な傾向があったのか、他者との心理的境界線を築くのが苦手でした。相手の感情に、自分まで引き込まれてしまうのです。
しかし、ここ10年ほどの「ある経験」を経て、私は一種の「うつ抜け」を経験しました。その詳細は伏せますが、これまでにない極度の精神的緊張を強いられる出来事でした。
今までの私なら、ストレスから目を背けて逃避していたかもしれません。けれど、この時ばかりは逃げられなかった。ここで逃げることは、自分が築いてきた人生そのものを捨てることだと感じたからです。
このストレスに建設的に向き合い、乗り越えたことで、私は以前よりも精神的に成長できました。不思議なことに、それを境に「人と自分の感情の境界線」を引けるようになったのです。
プロを信頼し、自分を守る
とはいえ、「三つ子の魂百まで」という言葉通り、今でもグループホームで荒れている長女から電話が来ると、それなりに心は揺れます。
ですが、今は一歩引いて考えられるようになりました。
「長女がどれだけ切迫した様子で電話してきても、職員さんから連絡がないのであれば、本人が騒いでいるほどの事態ではないのだろう」
グループホームの職員さんは、対応のプロです。その信頼があるからこそ、私は自分の心にバリアを張り、過剰に反応せずにいられます。
長女の存在がなければ、私の価値観の変容や哲学の指針は生まれませんでした。長女のおかげで、私の心は磨かれたのだと感じています。

